久々の内なる神との対話 「俺も妻も共同創造者。悪者はいない。あるのは愛だけ」
(これは、発表するつもりなく、手書きで書き進めていたものなので、赤裸々だからよけいいいかもしれない。それをここに発表しようと思い、打ち込んだ。どうしても俺は何度も経済危機を招いては、妻を不安にさせ、そして、自分も苦しくなる。そんな時、内なる神に助けを求める。そんな対話です。)
2003年10月 午前5.40 寝る前の寝床で
サッチー:
昨日から妻は「だんまり」を続けている。
俺は、少し話そうと思い、ビデオを見るためにイヤホーンをかけてる片方の耳からイヤホーンを外して言った。
「少し話そう。今ヴォイスから10/10に印刷出したいから、少し現行の修正を10/8に届くよう早めてほしいと言ってきている。だから、だから、今月うちか、もしくは11月には本が出版されると思う。出版されれば、収入も増えてくると思うから、協力してほしいと思うんだが…・・」
俺がそういうと妻は「話したくない。わかんない…仕事したくないんでしょう・・」というだけ。
「したくない仕事はしない。けど、好きな仕事をしたいんだよ。仕事がしたくないわけではないんだよ。
俺には、これから本も出て、仕事も増えるとイメージしているんだけど、お前は、イメージできないっていう訳か?」
「分らない・・・・」だけど、あとは話そうとしない。
「客がないのは、今のうちだけだと思うんだ。だから、今だけ、経済的にも手伝ってほしいんだけど。
それとも、協力もする気はない。これからも、ずっと、こんな調子でやっていくということか?
協力しない、話す気もしない、この状態を続けていきたい、という訳か?」
「もちろん、お前がそう決めるのなら、しかたがない。俺はお前に他世に羅ず、誰かほかの人に頼むかどうにかするしかないけど、お前だって、ずっとこんなふうにプンプンして、話もしない状態を続ける気か?こんなの苦しいだろう?いやじゃないのか?お前は、苦しくないのかも知れんが・・・・」
いろいろ話しかけても、とりつくしまがないといった感じだ。
まあ、不思議と、以前ほど俺はうろたえなくなっている。なぜだろう?成長したんだろうンな~?
★内なる神:
そう、その通り、あなたは成長し、進化し、変化した。あなたは以前ほど、あなた自身をうろたえさせるような「思考、観念」を選ばなくなった。
サッチー:
そうみたいだな~。なんだろう?
以前は、「妻に嫌われるようでは、夫として失格だ。妻を苦しめるようでは、だめな夫だ!」というような「観念」を選んでいたみたいですね?すると、本当に自分は失格でだろなやつ!という感じがしてくるし、苦しくなるし、孤独感も増してきて、とてもとても生きていけないような感覚に襲われていく。
すると苦しくなるから、爆発すると、怒りになったり、自虐的になったりして忙しかった。
今でも、そのような感じは少しはあるような気もするけど、でもかなり違う感じがする。
このような状況は、ある意味で、共同創造している感じがある。そして、この共同創造した状況の中で、一人ひとり、つまりここでは、俺、妻、娘が、この状況にどり陽菜「意味付けを与えるか?」一人ひとりが「意味を与え、その与えた意味によってその結果を得ている」という経験をして、経験を積み、それぞれが豊かになっていく。俺たちはそんな存在なんだと思う。
俺はこの状況に肯定的な意味を与えている。「この状況、お客がいなくなった状況は、これから本が出て、本当に俺を必要とするお客との出会いの前奏曲であり、経済的な貧困とおさらばするための最後の前奏曲である。」と意味づけている。
しかし、妻は否定的な意味づけを与えている。なぜなら、だんまりと、怒りと、心を閉じ、犠牲者のような、復讐者のようなふるまいをしているからだが。では、どんな意味付けを与えているのか?
「夫はこんな状況でも、お金を稼ぐ働きをしようとはしない。そして、私のお金をあてにしようとしてしているし、本が出たからってすぐ収入やお客が増えるとは思えなのに、まるで、すぐにでもお金が入るように思い込んでいる。こんな夫として幸せにはなれない。せっかくの私のお金も、たくさんあった蓄えもなくなる一方で、私には絶望だけがある。この夫といても是暴徒不安しかない。」
もしかして、このような意味づけを与え、自分が悲劇のヒロインになったような気分を味わうという経験を積んでいるのかもしれない。それはそれで、創造主としての経験をしているのだろう。俺としてはどうしようもない。
俺は俺自身の人生を俺自身の願いと、選んだ「思考、観念」によって、創造していくにすぎない。
こんな感じなんですけど、どうでしょう?
★内なる神:
そう、その通りだ。いつでも、どんなときにも、あなた方は共同創造をしているが、あなた自身が経験することは、あなた自身が選ぶことによって創り出される。あなたが妻の人生を妻の経験を作り出すわけではない。あなたがすべきこと、あなたのしたいことは、この状況にどんな意味を与え、どんな経験を創り出すか?創りたいか?という問いに答えていくことだ。
サッチー:
今俺がこれを書いているときに、妻が「これ食べる?」と妻自身が食べている、食べかけのちらし寿司を渡してきた。いい感じですね?
★内なる神:
そう。いい感じだ。あなたが、あなた自身を受け入れているので、あなたは平安だ。あなたが平安だと、平安な波動が妻にも伝わる。妻自身の中が荒れているので、当然、あなたからも荒れた波動が来ると想像して妻は身構えてもいる。だが、あなたから荒れた波動が来ないので、妻の頭はあれ????となる。あなたのあり方が、妻にも影響を及ぼう。あなたがたは共同創造しているからだ。
サッチー:
そうですね。以前の俺なら、一緒になって荒れた波動をだしあっていたってかんじですもんね。
★内なる神:
その通りだ。あなたが、あなた自身を受け入れないとき、荒れ始める。そして、荒れた側面を妻に投影して、ますます荒れていく。そして、今、あなたは、自分を受け入れた。自分には悪いところがないと知った。そして、妻にも悪いところはないと知った。それは、選択であり、創造しているにすぎないことを見た。そして、あなたは平安を選択(経験)した。だから、あなたはあなた自身の平安を妻に投影している。だから、あなたは「荒れた妻」としてではなく、「創造者としての妻」を見ることになった。そして、あなたは「平安の妻」を見ることになる。
サッチー:
まあ、しばらくは、俺も「荒れ」を選択している妻を見ていたんですけど。「荒れを選択している創造者としての妻」と見始めたとも言えますね。そして、俺の中では、それを受け入れ始めていた感じですね。特に、今対話を始めてから、「創造者としての妻」という見方が出てきた感じです。
もちろんその前に「創造者としての自分、何も間違っていない自分」というものを見ることから始まったみたいですね。
★内なる神:
そう。その通りだ。
妻もあなたの一部だ。あなた自身だ。だから、あなた自身を受け入れ、愛することから、あなた自身でもある、あなたの妻を受け入れ愛したのだ。するとそこには、もう愛しかない。本当はすべてが愛だ。愛でできている。あなた方にとって愛ではないように見えるものも、出来事も、実は愛でできていて、愛そのものだ。だから、愛を見つけてしまったら、愛以外の現れる余地も場所もなくなる。そういうことなのだよ。
おめでしう!
サッチー:
ああ、ありがとうございます。
いつも、愛が見えていますように。
★内なる神:
いつも愛しか見えないようになると、あなた方は愛を実感できなくなる。だから、再び、愛を実感するために、愛を見ない選択をすることがあるのだ。だから、「愛を見ない選択に、大いなる目的がある」このことも覚えておくように。そうすれば、「愛がない」と感じた時も、あわでず、パニックにならずにすむよ。
サッチー:
なるほど、そうなんですね。ありがとうございます。
僕は以前よく、「ここには愛がない」と思い込んで、バニックを起こしたり、悲しくて泣いたりしていましたが、そんなことはないんだな~と納得しました。ありがとうございます。
★内なる神:
どういたしました。私はいつもあなたを愛している。そしてまた、あなた自身でもある他の孫沿いを愛している。そのことを忘れたら、いつでも、あなたの望みに添って、それを思い出す手伝いをするから、いつでも言ってほしい。
サッチー:
はい。ありがとう。これからも、手伝いを頼みますので、よろしく頼みます。
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